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夜の部は20日(金)に観ました。筋書が写真入りでなかったのがショックです。そのために、いつも後半に1回は観るようにしているのですが。一日早かったようですね。 『忠臣蔵 五段目・六段目』・・・仁左衛門さんの勘平です。わたしは初見です。基本は菊五郎型のようですが、せりふが上方風でどことなく柔らかな、勘平です。五段目の鉄砲も揚幕で一度しか撃ちません。まあこれが当然でしょう。定九郎が海老蔵さん。すっきりとした悪ぶりを見せてくれますが、金を奪って花道へスタスタと歩いていくところが、素にかえったように見えました。武士の歩き方ではなかったのですね。しかし、難しいものです。 六段目のお軽は菊之助さん。前回(五年前)観たときより、きれいに見えません。化粧は良くなったようにおもえますが、なぜでしょうか。色気が乏しく見えました。また、勘平との別れ、「お軽、まちゃ」と呼ばれて、飛びつくところ、気持ちはこもっているのですが、動きが段取りくさく、まるでバレエの足取りのように見えました。 さらに魁春さんの一文字屋お才と松之助さんの源六、このコンビが不出来。関西風の調子をどちらもはずしていて、違和感が強かったです。 一方、仁左衛門さんの勘平はさすがに素晴らしい味を見せてくれました。とくに親父の死体が運び込まれてからの恐怖の心持ち、さらに二人侍が出て、刀をとり、鞘走った大刀でおのれの姿をじっと見るところ(この見る場所がほかの役者さんと違いますね)がなど、やはりこの方の色気があふれんばかりです。腹を斬ってからも、その悔しさが伝わってきます。どちらかといえば若々しい、脚本の年齢に近く感じられた勘平でした。 『髪結新三』・・・幸四郎さん初演の新三です。悪口をいってばかりで申し訳ありませんが、登場のところから、あまりに立派すぎて、上総無宿の廻り髪結には全く見えません。新三の人物像のとらえ方が根本的に間違っているようにおもえます。永代橋もそうです。チンピラにはみえません。悪い奴にも見えません。あの耳の心地よいせりふもどこか上滑りしてしまいます。 グッとよくなるのは、新三内から。世話にくだけた雰囲気が勝奴の市蔵さんの好演と相まって、テンポ良く展開します。弥太五郎源七が段四郎さん、大家さんが弥十郎さん。ともにいい味を出していましたが、段四郎さん、ちょっとせりふが危ないところがありました。 弥十郎さんは大車輪の活躍で、もう劇場中大爆笑の連続。「鰹は半分もらっていく」というせりふが、礼金を半分もらう、という意味に聞こえたのは、はじめての経験です。間がよかったのでしょうか。しかし、新三との掛け合いは多分に騒々しく、息を詰めるところもおざなりで、本来の緊迫感が薄れてしまったのは残念です。 気になったのは観客のレベル。新三内が終わると、一階の客のかなりの数が、演目終了と思って席を立って帰りかけたことです。これはわたしにとってかなりショックなことでした。はじめて観たのなら仕方のないことかもしれませんが、これでは閻魔堂橋で新三が源七に斬り殺されたこともまったく理解していないのではないでしょうか。 金を払った観客は舞台をどう見ようと自由といえばそれまでですが、演劇は役者と観客がいなければ成り立たない芸術です。役者のレベルが低ければたいした観客がつかないように、その裏返しで、たいしたことのない観客にたいして、役者はレベルの低い藝しか見せなくなってしまいます。役者を育てるのは観客です。一部の評論家ではありません。もちろん専門家の意見も大切ですが、現代のようにインターネットがひろまり、多くの観客が自分の意見をいえるようになったのですから、みなさん、どんどん、」感想や意見を述べるようにしましょう。 この日のお弁当・・・「割烹 升本」の「すみだ川」 |
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